今日は図書館で勉強してその後地元の本屋(一駅向こうだけど)により、夜八時過ぎに家に帰宅。その辺の話は後ですることにして、まずは家に帰宅したあとの話をしよう。
家に帰宅した僕は、テレビを見ながら晩飯を食べた。ご飯のメニューはそう麺とカツにサラダであった。ふとテレビに目をやった時、日テレの『THEスペシャル』という番組が写っていた。何でも、短いVTRをいくつか流して、冷めている若者50人の胸を熱くしようという趣向の話らしい。どの話もいい話であったが、最初に見たには、おじいさんが残りの人生をかけて貧しい村(外国の)、しかも普通では稲を実らせることなんか到底できない標高2500mに、子供達に白い米をたらふく食べさせてやろうという思いから、足掛け四年もかけて苦心の末それを実現した話だ。おじいさんの思い、そしてそれに残りの人生をかけて打ち込む姿を見ればぐっとくるものは当然ある。しかし、なにしろとても短いVTRにそれを見ている人は人並みの感受性を凍結させている人達だ。ぐっとくる者は少ないことは容易に想像できた。事実、その話にぐっときた者は二人くらいだった。それでも、僕が見る前からの話で何人の者が、ぐっと来ていたらしい。この後の三つの話もどれもいい話だった。しかも、全部テーマが違っていた。悲哀、悔恨、そして純愛であった。
悲哀の話は一分くらいのVTRだっだが、それにグッとこないものがいたことを考えると、この人たちはなんて可哀想な人達なのだろうかと思うと同時に鬼だともおもった。長崎に、原爆が落とされた直後、一人の米兵カメラマンがある姿に心を打たれて一枚の写真を撮った。その一枚の写真が映像として流れた時、僕は戦争の残酷さに胸を痛めた。(大袈裟ではなく大真面で)そこには、実質5〜8歳の一人の少年が、赤ン坊を背中におぶって直立不動の姿勢で立っていた。そして、その赤ん坊は死んでいた・・。両親は原爆によりすでに死亡していたらしい。その少年は弟なる赤ん坊を背にしょって、目に涙をこらえ、一つの建物をきっと目を向けて手は腰に、指をピッとつけて、直立不動の姿勢で立っていたのだ。その建物は火葬場であった。少年は死んだ弟を火葬するために、順番を待っていたのだ。背負われた弟は目を閉じ、だらりとした状態で安らかに眠っていた・・。壮絶な写真だった・・。それ一枚で戦争の残酷さを全て伝えられるほどに・・。誰かが声をかけたのなら少年は張り詰めて糸がプツリと切れて泣き崩れていたであろう表情で、まっすぐ目を向けていた。ちょっと、忘れることはできそうにない写真だった。

悔恨の話は、全国高校サッカーで負けたチームたちのベンチ裏の控え室での悔し涙特集であった。胸が熱くなる話で悔しいだろうけど、悲しいだろうけと、ちょっといい話であった。

純愛の話は、戦争で切り離された恋人達が、互いに別々の人生を歩み、家庭を持ち、五十年過ぎた平成になって再会した純愛実話であった。詳しく書きたいが、ファルにも時間の都合があり割愛します。ただ、いい話でした。50人の若者のうち、実に40人の人々が熱くなったらしい。どこまで、それが本当か分からないが、その中で、生き方が、人生の価値観が変わるものが一人でもいたのならこの番組の企画は大成功と言えるだろう。
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今日は、図書館で勉強した。図書館で勉強している時、突然第一志望に落ちた去年の出来事がフラッシュバックした。悔しかった。勉強にとても手をつけられる心境でなくなってしまった。幸い閉館20分前であったので、勉強を止め、家に帰っても手がつかない気がして気分転換に隣駅に散歩した。本屋に寄り、好きなクレープをある店で買って、食べながらジューサーバーでラズベリージュースを飲み、帰宅しようとしたら、電車で幼馴染に会い、世間話をしながら家に帰って、そして晩飯についた。

やっぱり落ちたら悔しいぞ〜。しかもまだやれる時間はたくさん作れたはずだと後悔する。それが、なによりつらい。勝つにしろ負けるにしろ全力を尽くした時、例え悔しい結果になっても、それはいい思い出になり苦い後味は残らないと言う。
本当に後味は悪いぞ〜w
常に、ベストを心がけていこう!!

明日も図書館。頑張れ、自分

ではでは・・

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